東洋医学用語、漢方用語解説

わ〜ん行

ここでは特殊で難解な東洋医学用語、漢方用語並びに現代漢方医学
の基礎を作られ、漢方医学の発展に粉骨砕身の働きをしていただいた
先駆者の名前、功績、書物を判りやすく解説しております。
多少、解説の意味合いが違う場合があるかもしれませんが
ご了承お願いします。

なおご質問、ご相談等がございましたら、ご面倒ですがやなぎ堂薬局
宛てにこちらから⇒ご質問、ご相談を宜しくお願いします。
名称 解説
わ行
和解法
(わかいほう)
和解法太陽病に属さず、陽明病にも属さない半表半裏少陽病)にある場合に
和解法を用います。

太陽病の時に汗法吐法で治療をし、陽明病の時に下法で治療をします。
少陽病期は半表半裏の状態なので和解法を用いて病邪を中和し体外に排泄させます。

参考・・・和解法の和は中和を意味します。

和解法に用いる漢方処方は柴胡剤配合の小柴胡湯、逍遙散や半夏瀉心湯などを
用います。

参考・・・和解法は別名で和法とも言われます。
和剤局方
(わざいきょくほう)
和剤局方は中国、北宋時代に水滸伝で有名な徽宗皇帝が、政府が薬局を経営
する事を指示し、全国から処方を集め、編集した書物です。
のちに処方を増やし、南宋の高宗時代に完成し、題名を「太平恵民和剤局方」と
して出版されました。

この書物は世界で初めて政府が管理、編集した書物で、「安中散」、「消風散」,
「十全大補湯」、「六君子湯」など中国や日本に広く知られ、よく使われている処方
が多いのも特徴です。

参考・・・和剤局方は別名で太平恵民和剤局方とも呼ばれます。
和田啓十郎
(わだけいじゅうろう)
和田啓十郎(1872年生まれ〜1917年没)
和田東郭
(わだとうかく)
和田東郭(1743年生まれ〜1803年没)
江戸時代中期の折衷派の漢方医で東郭の父親が医者であった為、父の影響を受け
医学の道を歩み、26歳の時に吉益東洞の弟子になります。
東郭は師である吉益東洞が唱える古方派医学に弱点がある事を悟り、折衷派
医学者として次の有名な言葉を述べました。
「一切の疾病の治療は、古方を主として、その足らざるを後世方等を以て補うべし。」
又、彼は折衷派の大家と言われました。

余談・・・東郭は自分自身は書物を後世に残さなかったが、弟子たちがまとめた
書物で「蕉窓雑話」、「蕉窓方意解」などがあります。
和法
(わほう)
和法太陽病に属さず、陽明病にも属さない半表半裏少陽病)にある場合に
和解法を用います。

太陽病の時に汗法吐法で治療をし、陽明病の時に下法で治療をします。
少陽病期は半表半裏の状態なので和解法を用いて病邪を中和し体外に排泄させます。


参考・・・和法の和は中和を意味します。

和法に用いる漢方処方は柴胡剤配合の小柴胡湯、逍遙散や半夏瀉心湯などを
用います。

参考・・・和法は別名で和解法とも言われます。
和方
(わほう)
和方は日本で作られた日本独自のオリジナル漢方処方を言います。

和方と言われる処方は
大塚敬節先生が作った処方・・・七物降下湯

浅田宗伯先生が作った処方・・・九味檳榔湯、女神散

原南陽先生が作った処方・・・・・甲字湯、乙字湯、忘憂湯

華岡青洲先生が作った処方・・・十味敗毒湯、紫雲膏、帰耆建中湯

吉益南涯先生が作った処方・・・芍甘黄辛附湯

森道伯先生が作った処方・・・・・柴胡疎肝湯、柴胡清肝散、竜胆瀉肝湯、
                    荊芥連翹湯

吉益東洞先生が作った処方・・・五物大黄湯、桂枝五物湯、桂枝加朮附湯、
                    桂枝加苓朮附湯

その他・・・・製作者は不明ですが日本に昔から伝わっている漢方処方で伯州散、
騰竜湯、治頭瘡一方、柴陥湯、聯珠飲、紫根牡蠣湯、変製心気飲などがあります。

参考・・・和方は別名で本朝経験方、本朝医談とも呼ばれます。
和薬
(わやく)
和薬は日本で発見されて日本で薬として昔から服用されてきた薬草をこう言います。

和薬と言われる生薬はセンブリ、ゲンノショウコ、アマチャジュウヤク、ガイヨウなどが
和薬として挙げられます。

参考・・・漢薬は漢方薬を意味します。
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