東洋医学用語、漢方用語解説

た〜と行

ここでは特殊で難解な東洋医学用語、漢方用語並びに現代漢方医学
の基礎を作られ、漢方医学の発展に粉骨砕身の働きをしていただいた
先駆者の名前、功績、書物を判りやすく解説しております。
多少、解説の意味合いが違う場合があるかもしれませんが
ご了承お願いします。

なおご質問、ご相談等がございましたら、ご面倒ですがやなぎ堂薬局
宛てにこちらから⇒ご質問、ご相談を宜しくお願いします。
名称 解説
た行
太陰病
(たいいんびょう)
傷寒論 太陰病の定義「太陰之為病、腹満而吐、食不下、自利益甚、時腹自痛。
若下之、必胸下結コウ。」
(コウは革+更)
太陰病は少陽病期、陽明病期を経て病邪が体内深く進行し、徐々に体力を奪い、
病邪が有利になっている状態をこう呼びます。
つまり太陰病は陽証から陰証に移行しつつある状態で、まだ完全には陰証には
移っていません。

太陰病はやや虚証裏寒虚満、嘔吐、下痢、腹痛等の症状があり、発熱は
ありません。

太陰病は太陽病から少陽病、陽明病を経て起こる場合多いですが、平素から体力
が無い人が、最初から太陰病の症状が出る場合と、太陽病の人に誤って峻下剤
与えて起こる場合があります。

太陰病期に良く用いられる漢方処方は桂枝加芍薬湯、小建中湯、真武湯、人参湯、
分消湯などが用いられます。

病邪の進行状況を示す三陽三陰は傷寒論では次のように移行すると記載されて
います。
太陽病陽明病少陽病⇒太陰病⇒少陰病厥陰病

しかし、病邪の進行を示す三陽三陰の陽明病と少陽病を入れ替える
説を唱える漢方医もいます。
陽明病と少陽病を入れ替えるとこのようになります。
太陽病⇒少陽病⇒陽明病⇒太陰病⇒少陰病⇒厥陰病

(※私のHPは太陽病⇒少陽病⇒陽明病⇒太陰病⇒少陰病⇒厥陰病にて構成
しています。)
滞気
(たいき)
滞気天の気、地の気が身体全体を巡らなくなり、気の上衝気鬱などの症状が
興ると病気が起こるとする漢方理論です。

参考・・・滞気は別名で気の鬱滞とも言われます。
帯下
(たいげ)
帯下には2種類の意味があります。
一つ目は素問によれば下痢を帯下と呼んでいます。
二つ目は婦人のおりもの、こしけ、子宮ガン、婦人病全般を帯下と呼びます。
現代は婦人のおりもの、こしけ、婦人病全般を帯下と呼ぶのが一般的です。

帯下は滞下(たいげ)とも書きます。
体表
(たいひょう)
体表は皮膚や皮膚に近い筋肉、神経を指します。
体表は別名で表とも言われます。
大腹
(だいふく)
大腹は上腹部を指します。

参考・・・大腹の重要な腹診は心下と胸脇です。
太平恵民和剤局方
(たいへいけいみんわざい
きょくほう)
太平恵民和剤局方は中国、北宋時代に水滸伝で有名な徽宗皇帝の時代
(大観年間 1107年〜1110年頃)に北宋政府が薬局を経営する事を指示し、
全国から漢方処方を集め編集し、北宋政府が運営する薬局で使用されていた
漢方処方全書です。
のちに処方を増やし、南宋の高宗時代(1151年頃)に完成し、題名を
「太平恵民和剤局方」として出版されました。

この書物は世界で初めて政府が管理、編集した書物で「安中散」、「消風散」、
「十全大補湯」、「六君子湯」など中国や日本に広く知られ、よく使われている
処方が多いのも特徴です。

参考・・・太平恵民和剤局方は別名で和剤局方とも呼ばれます。

余談・・・太平恵民和剤局方に次に編集した書物は「聖済総録」です。
大(脈)
(だいみゃく)
大脈指に伝わる脈が広く、大きい脈を言います。
大脈は病邪の勢いも強い場合や特に陽明病期に見られます。
大脈は洪脈を伴います。

参考・・・大脈の反対は)脈です。

参考・・・傷寒論、辨脈で
「問曰 脈有陰陽、何謂也? 答曰 凡脈大浮数動滑、此名陽也。脈沈渋弱弦微、
此名陰也。」

「脈に陰証、陽証がありますか? 脈には大、、動、があり全て陽也。
脈で、渋、弱、弦、は全て陰也。」と記載されています。

参考・・・傷寒論、陽明病篇に
「傷寒三日、陽明脈大。」
太陽病
(たいようびょう)
傷寒論 太陽病の定義・・・「太陽之為病,脈浮,頭項強痛而悪寒。」
太陽病は病邪が体内に侵入し、体内で免疫物質が病邪との戦いを繰り広げている
状態で、病邪が表部分に停滞している時に表証が現れます。
構図で表せば太陽病(表位)⇒少陽病(内位)⇒陽明病(裏位)と表現します。

太陽病期の治療薬は身体の状態、病状により色々な処方があります。
太陽病期の治療方法の統一している項目は発汗、放熱治療です。
又、太陽病には悪寒、中風などの症状が現れ、病気の症状によって用いられる
漢方処方も異なります。

太陽病上篇に「太陽病,頭痛,発熱,汗出,悪風,桂枝湯主之。」
と一番最初に書かれています。桂枝湯は薬効がマイルドで表虚証、中風の場合
に用いられます。
又、桂枝湯を服用後には「服已須臾、歃熱稀粥一升余、以助薬力。温覆令
一時許。」

「桂枝湯を服用後にお粥でも食べなさい。食べた後は布団に入り暖かくしなさい。」
と書かれています。

次に太陽病中篇に「太陽病,項背強几几,無汗,悪風,葛根湯主之。」
とあり、桂枝湯より症状が重く、表実証の場合に葛根湯を服用します。

葛根湯の証より症状が重い場合は
太陽病中篇に「太陽病、頭痛、発熱、身疼、腰痛、骨節疼痛、悪風、無汗而喘者、
麻黄湯主之。」

とあり、葛根湯を用いる証よりやや重い場合に麻黄湯を用います。
葛根湯、麻黄湯を服用後には「覆取微似汗,不須啜粥。」
「布団に入り汗をかきなさい。桂枝湯のようにお粥などは食べなくてもよいです。」
と書かれています。

同じく太陽病中篇に「太陽中風,脈浮緊,発熱,悪寒,身疼痛,不汗出而
煩躁者,大青竜湯主之。」
とあり、葛根湯、麻黄湯より症状が重く、悪寒、口渇、
煩躁の症状があります。
又、大青竜湯服用後には取微似汗。汗出多者、温粉粉之。一服汗者、
停後服。若復服、汗多亡陽、遂虚、悪風、煩躁、不得眠也。」
「服用後に少しの
汗が出ればいいでしょう。汗が多い人は温粉をかけなさい。一回服用後に汗が
出たら後は飲まなくていいです。
もし、中止しなければ汗が多く出て陽証が
虚証になり、悪風、煩躁、不眠などの副作用が出ます。」と書かれています。

他にも傷寒論太陽病篇に処方が書かれており症状によって処方を使い分ける
ように記載されています。

余談・・・太陽病の名前の由来は病気が「表位」にあり、「表証」にある「陽証」
が太く、たくましいので「太陽病」と言います。

病邪の進行状況を示す三陽三陰は傷寒論では次のように移行すると記載
されています。
太陽病⇒陽明病少陽病太陰病少陰病厥陰病

しかし、病邪の進行を示す山陽三陰の陽明病と少陽病を入れ替える説を
唱える漢方医もいます。
陽明病と少陽病を入れ替えるとこのようになります。
太陽病⇒少陽病⇒陽明病⇒太陰病⇒少陰病⇒厥陰病

(※私のHPは太陽病⇒少陽病⇒陽明病⇒太陰病⇒少陰病⇒厥陰病にて構成
しています。)

最後に太陽病期は「発汗」、少陽病期は「中和」、陽明病期は「瀉下」が基本治療
方法と考えられます。
濁気
(だくき)
濁気は今の言葉で二酸化酸素を指します。

参考・・・濁気の反対は清気です。
田代三喜
(たしろさんき)
田代三喜(1465年生まれ〜1537年没)
脱汗
(だっかん)
脱汗は大量に発汗して体力低下が診られる場合をこう言います。
脱水症状がこの場合に当てはまります。

(たん)
痰には2つの意味があります。

1番目の痰の意味は東洋医学では胃に入った水分が中焦の虚弱が原因で痰
に変わると考えられています。

痰には粘い痰と水のように薄い痰があり、粘い痰を「痰」と呼び、水のように
薄い痰を「」と呼びます。

次に2番目の意味は痰飲と同じ意味で水毒が原因で起こる症状をこう呼びます。
痰飲(淡飲)
(たんいん)
痰飲は別名で淡飲とも言われ、四飲の一つで痰飲の症状は胃内停水、腹水など
が痰飲の症状です。
金匱要略では痰飲には苓桂朮甘湯が良いと記載されています。
痰飲の他に縣飲溢飲支飲などの水毒症状も金匱要略に見られます。

参考・・・痰飲は別名で水飲とも言われます。

参考・・・金匱要略 痰飲咳嗽病篇に
「其人素盛今痩、水走腸間、瀝瀝有聲、謂之痰飮。」

「普段は元気だった人が今は痩せ、体内(胃腸)を走る声(水)がします。これを
痰飲と言います。」と記載されています。
胆寒(膽寒)
(たんかん)
胆寒の胆の役割は「恐怖、不安などの精神活動を司る器官。」と考えられ
ていました。
「千金方」では「胆に寒(停水)が加われば精神不安を起こす」と解釈され、
胆寒は不安感がある。物事にビクビクする。驚きやすい。等の精神状態を
言います。
短気
(たんき)
短気は金匱要略 痰飲咳嗽病篇の支飲の説明文内に記載されている言葉です。
短気の意味は呼吸の間隔が短い、呼吸が緊迫している、息切れという意味です。

参考・・・金匱要略 痰飲咳嗽病篇に
「咳逆倚息、短氣不得臥、其形如腫、謂之支飮。」
タン瘧
(たんぎゃく)
タン(やまいだれ
+單)
タン瘧大塚敬節先生の書物によれば「タン瘧は熱感が強くて悪寒がないか、
悪寒の少ない場合を言います。」と記載されています。

参考・・・たん瘧、温瘧牡瘧はタン瘧と同じ症状を言います。
痰結痛
(たんけつつう)
痰結痛は肺炎を指します。

余談・・・司馬遼太郎先生が書いた「竜馬がゆく」に竜馬の奥さんのおりょうさんが熱を
出している場面でこの言葉があります
丹田
(たんでん)
丹田はへその下あたりの身体内部をこう呼びます。
丹田は身体のが集まるところとされています。
短(脈)
(たんみゃく)
短脈は藤平健先生、小倉重成先生の書物によると「短脈はその意味が明らか
でなくいずれも後人のものと考えられる。」と記載されています。
ち行
逐水
(ちくすい)
逐水は体内の余分な水分(水毒)を体外に駆逐し、体内水分代謝を盛んにさせる
事を言います。
逐水作用のある生薬は附子、黄ゴン、牽午子などがあります。
血の道症
(ちのみちしょう)
血の道症は婦人に診られる精神神経症状で日本の漢方では月経異常や
更年期障害がこれに当てはまります。

血の道症に診られるイライラ感、疲労感、めまい、不眠、生理痛、腰痛、肩こり、
動悸、のぼせ等の症状が挙げられます。

血の道症に用いられる漢方処方は当帰芍薬散、加味逍遙散、桂枝茯苓丸、
桃核承気湯、柴胡加竜骨牡蠣湯などが用いられます。
遅(脈)
ち(みゃく)
遅脈は遅い脈で振動数が少ない脈を言います。

遅脈は主に虚証で寒がある人に診られますが、実証で寒がある時に診られる
場合もあります。この場合は実遅と言われます。

参考・・・遅脈の反対は数脈です。

参考・・・傷寒論、辨脈で
「問曰 脈有陰陽、何謂也? 答曰 凡脈大浮数動滑、此名陽也。脈沈渋弱弦微、
此名陰也。」

「脈に陰証、陽証がありますか? 脈には、動、があり全て陽也。
脈で、渋、弱、弦、は全て陰也。」と記載されています。
着痺
(ちゃくひ)
着痺の参考・・・素問 痺論篇
風寒濕三氣雜至、合而爲痺也。濕氣勝者、爲著痺也。
「痺は風、寒、湿3種類の気が交じり合って起こる物です。その中で湿が勝って
いる場合に着痺が診られます。」と記載されており、着痺は雨や雪などの湿気
が多い時期に関節のだるさや痛みを感じる症状を指します。
(着痺の痛みは痛痺よりは軽い場合を指します。)
着痺に用いる漢方処方はヨクイニン湯、二朮湯、麻杏ヨク甘湯等が用いられます。

痺論には着痺の他に行痺痛痺が記載されています。

着痺は別名で湿痺とも呼ばれます。
中医学
(ちゅういがく)
中医学は日本の漢方医学とよく似ているが生薬の配分量や中医学オリジナル
の漢方処方がある点が日本漢方と異なります。
中間証
(ちゅうかんしょう)
中間証は実証と虚証の間の証。虚実の判断が難しい中間証の場合はまず
虚証系の処方(温剤配合)を用いて様子を見ます。

参考・・・傷寒論、太陽病中篇で
傷寒、陽脈渋、陰脈弦、法当腹中急痛、先与小建中湯、不★者、
小柴胡湯主之。」{★の漢字は(だく+差)で癒えるという意味です。}

「傷寒で陽脈は渋、陰脈は弦で腹が痛み、処方を迷う時は、まず先に虚証系の
小建中湯を用い、効果が無ければ実証系の小柴胡湯を用いなさい。」と記載
されています。
中工
(ちゅうこう)
中工は古代中国漢方で方術が優れた人物だが、上工よりは技量が劣る医者
の敬称する呼び名です。
中工の条件は望診と問診だけで今患っている病気や発病、進行する前の病気
を見つけ、治癒率が80%の人が中工と呼ばれる条件です。

参考・・・中工の他に上工、下工と呼ばれる医者もいます。
中焦
(ちゅうしょう)
中焦上焦より下、つまり胃の入り口から小腸の入り口までをこう言います。
中焦は主に脾胃を指し、津液を作る器官です。

余談・・・「焦」にはこのような言葉があります。
焦す(こがす)、焦げる(こげる)
の言葉があり、「焦」は漢方の世界では「体内で火・熱の力で燃やして陽気に
変える所」と言う意味です。

中焦は口から取り入れた地の気(食物、水分)を津液に変え、上焦から送られた
天の気(空気、酸素、自然力)と混ぜ合わせて体内で火・熱の力で燃やして
陽気(「気」、「血」)を作り、上焦と下焦に送り届けます。


参考・・・中焦の他に上焦、下焦があり、これらを合わせて三焦と言います。
中風
(ちゅうふう)
中風傷寒論では外敵(ウイルス)の侵入によって発熱、発汗、悪風が起きる
病気ですが、外敵(ウイルス)は強くない者を言います。
参考・・・傷寒論、太陽病上篇に
「太陽病、發熱汗出、悪風脈緩者、名爲中風。」
と記載されています。

金匱要略では脳血管障害により半身不随、麻痺を起こした者を言います。
参考・・・金匱要略、中風歴節病篇に「夫風之爲病、當半身不遂、或但臂不遂者、
此爲痺、脉微而數、中風使然。」
と記載されています。   
中品
(ちゅうほん)
中品の参考・・・神農本草経 本草経序録で中品は
「中薬一百二十種為臣、主養性以応人、無毒有毒、斟酌其宜、欲遏病補虚羸者、
本中経。」

「中薬は120種類あり、中薬を「臣」と言う。中薬は精気を養い、人間が持つ
自然治癒力を高める作用があります。中薬はさじ加減によって薬になったり、
毒(副作用)になったりします。病を防ぎ、自然治癒力を高めようとする者に
効果があります。」と記載されています。

中品と言われる代表的な生薬は石膏、乾姜、川キュウ、麻黄、芍薬、黄ゴン、
牡丹皮、山梔子、呉茱萸、厚朴、山茱萸、猪苓、桃仁、杏仁、桃仁、当帰、防己、
葛根、柴胡などが挙げられます。

中品はやや強い薬効があり分量、服用期間を間違わなければ薬として
毎日摂取できる生薬で、上品と組合す事により薬効力を高め、下品の副作用
を中和、軽減させる作用があり精気、自然治癒力を高める作用のある生薬と
言えます。

参考・・・神農本草経には中品の他に上品下品があります。
神農本草経で上品は「君」と呼ばれ、薬効、副作用は少ないが漢方処方の
中心的な役割を持ち、例えて言うならば戦場の司令官、国の王を指します。

同じく神農本草経で中品は「臣」と呼ばれ、やや薬効は高いが分量、服用期間
を間違えば副作用が診られます。中品は上品の薬効を補い、下品の副作用を
中和、軽減させる役割を持ち、例えて言うならば戦場の軍師、国の大臣を
指します。

同じく神農本草経で下品は「佐」・「使」と呼ばれ、薬効力が強く、病気治癒力
が優れていますが切れ味が鋭い分副作用も多々診られ、分量、服用期間
には十分配慮しなければならない生薬を下品と言います。
下品は西洋薬と同じように病気治療だけを専念とする役割を持ち、例えて言う
ならば戦場の精鋭部隊、国の警察官を指します。

上品、中品、下品これらを合わせて「君臣左使」と呼ばれます。

余談・・・生薬や薬草を上品、中品、下品と分類することを「三品分類」と言われ、
これは中国医学独特の考え方です。

漢方処方における上品・中品・下品の割合は
4種類以上の場合・・・上品1種類・中品1種類・下品2種類の生薬の割合
4種類以上の場合・・・上品1種類・中品2種類・下品5種類の生薬の割合
が理想的と言われ、この法則は薬効が鋭い下品が多い事により短期間の
治療が見込まれるが、下品特有の副作用が診られる場合が多々あり、
その副作用の軽減、気力、体力を回復させる役目として、また漢方処方の
中心的な生薬として上品、中品を組み込みました。
(例:麻黄湯の場合・・・君薬⇒甘草、臣薬⇒桂枝、佐・使薬⇒麻黄、杏仁)

中品は別名で「中薬」とも呼ばれます。
中薬
(ちゅうやく)
中薬の参考・・・神農本草経 本草経序録で中薬は
「中薬一百二十種為臣、主養性以応人、無毒有毒、斟酌其宜、欲遏病補虚羸者、
本中経。」

「中薬は120種類あり、中薬を「臣」と言う。中薬は精気を養い、人間が持つ
自然治癒力を高める作用があります。中薬はさじ加減によって薬になったり、
毒(副作用)になったりします。病を防ぎ、自然治癒力を高めようとする者に
効果があります。」と記載されています。

中薬と言われる代表的な生薬は石膏、乾姜、川キュウ、麻黄、芍薬、黄ゴン、
牡丹皮、山梔子、呉茱萸、厚朴、山茱萸、猪苓、桃仁、杏仁、桃仁、当帰、防己、
葛根、柴胡などが挙げられます。

中薬はやや強い薬効があり分量、服用期間を間違わなければ薬として
毎日摂取できる生薬で、上薬と組合す事により薬効力を高め、下薬の副作用
を中和、軽減させる作用があり精気、自然治癒力を高める作用のある生薬と
言えます。

参考・・・神農本草経には中薬の他に上薬下薬があります。
神農本草経で上薬は「君」と呼ばれ、薬効、副作用は少ないが漢方処方の
中心的な役割を持ち、例えて言うならば戦場の司令官、国の王を指します。

同じく神農本草経で中薬は「臣」と呼ばれ、やや薬効は高いが分量、服用期間
を間違えば副作用が診られます。中薬は上品の薬効を補い、下品の副作用を
中和、軽減させる役割を持ち、例えて言うならば戦場の軍師、国の大臣を
指します。

同じく神農本草経で下薬は「佐」・「使」と呼ばれ、薬効力が強く、病気治癒力
が優れていますが切れ味が鋭い分副作用も多々診られ、分量、服用期間
には十分配慮しなければならない生薬を下品と言います。
下薬は西洋薬と同じように病気治療だけを専念とする役割を持ち、例えて言う
ならば戦場の精鋭部隊、国の警察官を指します。

上薬、中薬、下薬これらを合わせて「君臣左使」と呼ばれます。

余談・・・生薬や薬草を上薬、中薬、下薬と分類することを「三品分類」と言われ、
これは中国医学独特の考え方です。

漢方処方における上薬・中薬・下薬の割合は
4種類以上の場合・・・上薬1種類・中薬1種類・下薬2種類の生薬の割合
4種類以上の場合・・・上薬1種類・中薬2種類・下薬5種類の生薬の割合
が理想的と言われ、この法則は薬効が鋭い下品が多い事により短期間の
治療が見込まれるが、下薬特有の副作用が診られる場合が多々あり、
その副作用の軽減、気力、体力を回復させる役目として、また漢方処方の
中心的な生薬として上薬、中薬を組み込みました。
(例:麻黄湯の場合・・・君薬⇒甘草、臣薬⇒桂枝、佐・使薬⇒麻黄、杏仁)

中薬は別名で「中品」とも呼ばれます。
中庸
(ちゅうよう)
中庸は体内の陰証陽証のバランスがうまく取れている状態を
こう言います。

昔から中庸のバランスが取れていれば人間は少しずつ年を取り、穏やかな生涯
を終える事が出来ると考えられてきました。

参考・・・中庸のバランスが乱れると未病が起こり、未病を放置すれば既病
になります。東洋医学では中庸は理想的な身体状態と考えられています。
張従正
(ちょうじゅうせい)
張子和
(ちょうしわ)
張従正(1156年生まれ〜1226年没)
張従正は金元四大家の一人で
張子和
(ちょうしわ)
張従正
(ちょうじゅうせい)
張子和(1156年生まれ〜1226年没)
張子和は金元四大家の一人で
チョウ(※)疝
(ちょうせん)
チョウ(※)=やまい
だれ+徴
チョウ疝のチョウは腹中のしこり、腫瘍をこう言います。
疝は腹が痛む病気全般をこう言います。

つまり、ちょう疝は腹中のしこり、腹中の腫瘍などが原因で腹が痛む病気を
指します。
長桑君
(ちょうそうくん)
長桑君(?生まれ〜?没)(彼は仙人又は隠者なので判らない)

長桑君は史記の「扁鵲倉公伝」に見られる人物で、扁鵲に不思議な力(透視能力)
と医学書を渡した人物として書かれています。

余談・・・長桑君に関する資料が余り無いので史記の扁鵲倉公伝の記述を書かせて
いただきます。
史記 「扁鵲倉公伝」より
扁鵲者。勃海郡(バク※1)人也。姓秦氏。名越人。少時爲人舎長。舍客長桑君過。
扁鵲獨奇之。常謹遇之。長桑君亦知扁鵲非常人也。出入十餘年。乃呼扁鵲私坐。
間與語日。我有禁方。年老。欲傳與公。公毋泄。
扁鵲日。敬諾。乃出其懷中藥予扁鵲。飮是以上池之水。三十日。當知物矣。
乃悉取其禁方書。盡與扁鵲。忽然不見。殆非人也。扁鵲以其言飮藥三十日。
視見垣一方人。以此視病。盡見五藏(チョウ※2)結。
特以診脉爲名耳。爲醫或在済。或在趙。在趙者。名扁鵲。
(※1 バク=莫+おおざと)
(※2 チョウ=ヤマイダレ+微)

「扁鵲は勃海郡生まれのバク人で、本名として姓は秦、名は越人と言います。
若い頃に舎(今で言うホテル)の管理人をしており、その舎に長桑君が泊まりに
来ました。扁鵲は長桑君を稀な人と思い、丁重に扱いました。長桑君も扁鵲が
只者ではないと思っていました。

それから十余年の時が過ぎて長桑君が扁鵲を呼び、「私の手元に秘術が書かれた
医学書がある。私は年老いたので君に伝授したいと思う。」
扁鵲は「謹んでお受けいたします。」と答えました。

長桑君は懐より薬を取り出し、「この水を飲みなさい。30日経てば色々な物を知ること
が出来るであろう。」と言い書物と一緒に手渡されました。やがて長桑君は姿を
消しましたが、とても人間とは思えませんでした。

扁鵲は長桑君の言葉通り薬を飲んでから30日たつと垣根の向こうが見えるように
なりました。扁鵲はこの術のおかげで五臓の病気を早期発見することが出来るよう
になりました。特に脈診には秀でておりました。

扁鵲は斉に住んだり、趙に住んだりしました。趙に滞在している時に趙の人々は
彼のことを「扁鵲」と呼びました。」
張仲景
(ちょうちゅうけい)
張仲景(150年生まれ?〜219年没?)と言われますが、実在したかどうかは
不明です。

後世の資料によると張仲景は、後漢末期の中国、南陽郡に生まれました。
幼少より英知に長け、役人となり、後に長沙太守になりました。
張仲景が長沙太守時代に下記の一大事件がありました。

傷寒論、序文より 
「余宗族素多、向餘二百、建安紀年以来、猶未十稔、其死亡者、三分有二、
傷寒十居其七。」

「私の一族は元々二百人程いましたが、建安元年から10年も経たないうちに
三分の二の一族が死亡しました。亡くなった10人の内7人は傷寒が原因で
亡くなりました。」と記載されています。
張仲景はもうこれ以上一族を失いたくない一身で研究、編纂し「傷寒雑病論」
と呼ばれる一冊の医学書を完成させました。

張仲景は傷寒(伝染病)を重要視し、発病からの経過を太陽病陽明病
少陽病の三陽病や太陰病小陰病厥陰病の三陰病に分けたり、さらに
虚実、寒熱、表裏などに分け病状を詳しく分析しました。
又問診、望診、脈診などを用いた逸話や「汗吐下法」「温法」「和法」などの
治療方法を用いており、張仲景の医療技術の高さがうかがえます。

余談・・・逸話で王仲宣という人物の顔色を診て死期を言い当てました。
さらに王仲宣が自分の忠告を守らず薬を服用してない事も言い当てました。
(王仲宣は張仲景が予言した日に亡くなっています。)
俗に言う望診にあたります。
又、老人に化けた猿の脈を診て、人間の脈では無いことを言い当てた逸話も
ありました。これは脈診にあたります。
長(脈)
(ちょうみゃく)
長脈は藤平健先生、小倉重成先生の書物によると「長脈はその意味が明らか
でなくいずれも後人のものと考えられる。」と記載されています。
中和剤
(ちゅうわざい)
中和剤
腸ヘキ(※)
(ちょうへき)
(※ヘキ=さんずい+辟)
腸ヘキは古い書物に書かれている漢方用語で現代用語の下痢と同じ意味です。

参考・・・痢を他の呼び方で「」、「下利」、「」、「帯下」と言います。
鎮咳
(ちんがい)
鎮咳は咳を鎮めることを言います。
鎮咳作用のある生薬は麦門冬、麻黄、杏仁、陳皮、桑白皮などがあります。
漢方処方では麦門冬湯、麻黄湯、柴陥湯、麻杏甘石湯、滋陰降火湯などが
用いられます。
沈緊(脈)
(ちんきんみゃく)
沈緊脈強く押さないと脈が判らないが、脈に力強さを感じる状態で、陽実証、
水毒証に良く診られます。
陽実証では大陥胸湯、水毒証では木防己湯、苓桂朮甘湯がよく用いられます。

参考・・・沈緊脈の反対が浮緊脈です。


参考・・・傷寒論 太陽病下篇に
「傷寒、結胸、熱實、脈沈緊、心下痛、按之石硬者、陥胸湯主之。」

参考・・・金匱要略 
痰飲ガイ嗽病篇に
「膈間支飲、其人喘満、心下痞堅、面色
劭黒、其脉沈緊、得之數十日、醫吐下之、
不愈木防已湯主之。」
と記載されています。
陳言
(ちんげん)
陳無択
(ちんむたく)
陳言(1131年生まれ〜1189年没)
沈細(脈)
(ちんさいみゃく)
沈弱(脈)
(ちんじゃくみゃく)
鎮静
(ちんせい)
鎮静は高ぶった気持ちを静めて落ち着かせる事を言います。
鎮静作用のある生薬は紫蘇葉、竜骨、牡蠣、黄連などがあります。
漢方処方では甘麥大棗湯、半夏厚朴湯、加味逍遙散、柴胡加竜骨牡蠣湯、
三黄瀉心湯、抑肝散などが用いられます。
沈遅(脈)
(ちんちみゃく)
鎮吐
(ちんと)
鎮吐は嘔吐、吐き気、悪阻(つわり)を鎮める事をこう言います。
悪心を鎮める生薬は半夏、生姜などがあり、漢方処方では茯苓沢瀉湯、五苓散、
小半夏加茯苓湯、半夏瀉心湯などが用いられます。
沈(脈)
ちん(みゃく)
沈脈は腕を軽く押さえただけでは脈を感じず、腕を力強く押さないと脈診を
感じない脈を言い、この脈は主に陰証で病邪が体内奥深くにある場合に
診られます。

しかし沈脈でも力強い脈を感じる場合は裏実で、弱い脈を感じる場合は裏虚に
当たります。

参考・・・沈脈の反対は浮脈です。

参考・・・傷寒論、辨脈で
「問曰 脈有陰陽、何謂也? 答曰 凡脈大浮数動滑、此名陽也。
脈沈渋弱弦微、此名陰也。」

「脈に陰証、陽証がありますか?脈には、動、があり全て
陽也。脈で沈、渋、弱、弦、は全て陰也。」と記載されています。
つ行
通経
(つうけい)
通経は遅れがちな生理周期を一般的な周期に戻す事を言います。
又、薬を用いて生理周期を戻す事もこう言います。
痛痺
(つうひ)
痛痺の参考・・・素問 痺論篇
風寒濕三氣雜至、合而爲痺也。寒氣勝者、爲痛痺。
「痺は風、寒、湿3種類の気が交じり合って起こる物です。その中で寒が勝って
いる場合に痛痺が診られます。」と記載されており、痛痺は風痺のように痛みが
移動せずに1箇所に留まり、その冷えが強まると痛みが増大します。
痛痺に用いられる漢方処方は当帰四逆加呉茱萸生姜湯、疎経活血湯、
桂枝加苓朮附湯などがよく用いられます。

痺論には痛痺の他に行痺着痺が記載されています。

痛痺は別名で寒痺とも呼ばれます。

(つかえ) 
痞は病気や心配事、不安感などで胸が苦しくなったり、何かが胸に留まって
苦しくなる症状をこう言います。

参考・・・・赤穂浪士に有名な浅野内匠頭もこの持病があり、痞や日頃の不安感や
癇癪が原因で起こした事件と言えます。
 
て行
手足煩熱
(てあしはんねつ)
手足煩熱は手足が燃えるような熱さや火照りがあり、布団から手足を出した
がったり、冷たい物に触れたがったりする症状を言います。

手足煩熱の症状は産後の婦人や腎盂炎、肺結核、虚証の人に診られ、
生薬では地黄、山梔子が用いられ、漢方処方では地黄、山梔子配合の
三物黄ゴン(※)湯、炙甘草湯梔子鼓湯、八味丸が用いられ、他に小建中湯、
補中益気湯、小柴胡湯加地黄も用いられます。((※)ゴン=草かんむり+今)
停(脈)
(ていみゃく)
停脈は藤平健先生、小倉重成先生の書物によると「停脈はその意味が明らか
でなくいずれも後人のものと考えられる。」と記載されています。
天癸
(てんき)
天癸は月経、生理の事をこう言います。

参考・・・天癸は別名で月水経行月信とも呼ばれます。
と行
盗汗
(とうかん)
盗汗は寝汗を指します。
盗汗に用いられる生薬は黄耆がよく用いられ、その黄耆を配合した漢方処方
では補中益気湯、黄耆建中湯、桂枝加黄耆湯などが用いられます。
陶弘景
(とうこうけい)
陶弘景(456年生まれ〜536年没)
頭昏
(とうこん)
頭昏は「めまいがする、頭がフラフラ、クラクラする」などの症状をこう言います。
頭昏は気の上衝、のぼせが原因で起こると考えられ、頭昏に用いられる
漢方処方は三黄瀉心湯、黄連解毒湯、抑肝散などがあります。
洞泄
(どうせつ)
洞泄は下痢便を指しますが同じ下痢便でも水様性の軟便だけを洞泄と言います。
痘瘡
(とうそう)
痘瘡は天然痘の昔の呼び名です。
参考・・・痘瘡は別名で「疱瘡」、「もがさ」、「いもがさ」とも言われます。

余談・・・奈良時代の貴族である藤原不比等の4人の息子(藤原四兄弟)は痘瘡が
原因で病死しています。他にNHKの大河ドラマ「独眼竜正宗」で有名な伊達政宗も
幼い頃に痘瘡を発症し右目を失明しています。
同病異治
(どうびょういち)
同病異治は同じ病気でも随証治療が異なる為に治療に用いる漢方処方が
同じでない事をこう言います。

例えば・・・AさんとBさんとCさんが肩こりで悩んでいます。
Aさん・・・葛根湯で調子がよくなりました。

Bさん・・・桂枝茯苓丸で調子がよくなりました。

Cさんは大柴胡湯で調子がよくなりました。
上記の漢方処方以外にも数多くの処方(二朮湯、当帰芍薬散、ヨク苡仁湯など)
があります。

漢方では肩こりの原因を思われるその人の体質(姿勢、育児中、神経状態など)、
生活習慣(運動量、仕事量、食生活など)、水毒、オ血、外邪を考慮して漢方処方
を決めます。

漢方薬に精通している人は決して馬鹿の一つ覚えみたいに肩こりに葛根湯
だけを処方しません。(症状によっては葛根湯を出す場合もあります。)
吐剤
(とざい)
吐剤は胃内部にある飲食物や病邪を強制的に排出作用のある生薬や漢方処方
を言います。
吐剤の代表的な生薬は巴豆です。
漢方処方では瓜蔕散、走馬湯などが催吐剤と言われます。

参考・・・一般の家庭で吐剤と言えば食塩水が有名です。

参考・・・吐剤を多く用いた漢方医は金・元時代には劉完素張従正がこの方法を
用いており、日本では江戸時代の古方派の漢方医で吉益東洞がこの治療方法を
用いています。
吐法
(とほう)
吐法催吐剤を用いて胃内部にある飲食物や病邪を強制的に排出させる方法を
指します。

吐法は現代漢方では余り用いませんが、昔は重要な治療方法でありました。
頓嗽
(とんそう)
頓嗽は顏を赤らめて激しく出る咳全般をこう言います。
頓嗽と言われる症状は百日咳、喘息などの症状が挙げられます。
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